子どものころからアレルギー性鼻炎やぜんそくがあったので、中学生のときにサッカー部をやめて、吹奏楽部に入りました。
その当時のそのクラブには顧問とか部長という先生がいましたが、音楽の先生なのに、なんとかわいそうなことにピアノが弾けないという人でした。どうしてそんな人が音楽の先生なのだろうかという疑問もありましたが、何しろ戦前戦後の教育を受けて学校の先生になられたような方でしたので、詳しいことは当時の生徒たちには誰もわかりません。
ですから、悲しいかな音楽部に入ったにもかかわらず、楽器の指導はしてもらえず、生徒たちで右往左往していたというのが実体でした。
そこにこの甲子園の応援というタイミングで、試合のない日はOBも混ざって、しかもそこそこ指導できる人も来て、毎日練習がありました。

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